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Channel: 漂えども沈まず
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危機一髪

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幼い頃の事なので、自分の記憶より後年に母から繰り返し聞かされた話が
私の中でイメージ化された部分が多いと思うが。

20120326043410.jpg
昔は工事現場やその資材置場の囲いなどは現在より簡単なものが多かった。
囲い板やロープは簡単にくぐりぬけられて小学生たちの格好の遊び場になっていた。

資材の山の間に板を橋のように渡して上下に揺れるスリルを楽しんでいたが
「あっ」と思った時は私は地面に横たわっていた。

いっしょにいた友達が「大丈夫?」と覗き込み「平気平気!」と言ったものの
打った左腕が時間が経つにつれ真っ直ぐ伸びなくなっている。

母が私を小学校近くの個人医院に連れて行くと、当時の私には仙人のように
見えた老医師が黙ってしばらくの間、私の左腕を曲げ伸ばししようとした後、
母に向かって一言。
「ふん。骨が折れてるな。・・・切りますか?」

当時二十代で若かった母は真っ青になり、
「あ、あの帰って主人と相談します」
と言うのが精一杯。

恐ろしさで半泣きの私を抱きかかえて母は医院を飛び出した。
「骨折はその日のうちに処置しないと治らんよ」
という老医師の言葉を後にして。

日も暮れた中、もう少し離れた総合病院に駆け込んでレントゲンを撮った若い医師は
「湿布をしてギブス、まぁ2ヶ月程度だね」。
その言葉通り、湿布の取り替えに週一回通院したが現在は何とも無い。

近所のウワサではあの老医師は戦時中に従軍医師として南方戦線に参加したそうだ。
戦争末期、満足な薬や医療道具も無い中では破傷風や壊死の拡大を恐れてドンドン
負傷箇所を切断したと。 

20110806152712.jpg

後で近所の人に聞くと、「知らなかったの?あの先生、すぐ切るので有名なのよ」

仙人のように異様に見える程、ヒゲを伸ばした老医師はしばらくして他界した。
閉院し、その後別の建物になったその医院のそばを通る度「・・・」と思っていた。

知人が病気になったと知る度、私がセカンドオピニオンを勧めるのはこの時の経験が
基になっているのは間違いない。

「骨折するのはカルシウムが足りないせい」と決めつけた母により、我々兄弟は高校生に
なるまで、味噌汁の出汁を取ったイリコ?やメザシなども必ず骨ごと食べさせられたのだった。

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